SCENES OF SOLUTION

経営改革や組織変革の末に結実する
会社を飛躍させるM&A
~DBJ・SWCCの共同出資によるTOTOKU株式の取得~

SWCC株式会社

株式会社日本政策投資銀行(以下、DBJ)は、総合電線・ケーブルメーカーであるSWCC株式会社(以下、SWCC)による株式会社TOTOKU(旧・東京特殊電線株式会社。以下、TOTOKU)の株式取得に対し、成長資金の供給を目的とする「特定投資業務」を通じて共同出資を行った。TOTOKUは、特殊電線、ヒータ製品、ケーブル加工品等を製造しており、半導体検査装置、モビリティ、AIサーバー等の分野で高い競争力を持ち、グローバルニッチ領域での飛躍を見据えている。SWCCは、本件によりTOTOKUの技術・製品群を自社の成長領域に統合する「ボルトオン型」のM&Aを実現した。DBJは共同出資者として、財務安定性の確保と成長戦略の迅速な推進の両立を支援。本件は、SWCCが中期経営計画「Change & Growth SWCC 2026」で掲げるビジネスデベロップメント戦略の中核的な取り組みであり、TOTOKUとの技術融合により、同社が注力する半導体・モビリティ分野および海外市場の成長をさらに加速させることが期待されている。SWCC株式会社代表取締役会長・長谷川隆代氏(写真中央)および代表取締役 CEO・小又哲夫氏(写真左)、そしてDBJの常務執行役員・松浦哲哉(写真右)の3名が、本件の舞台裏や戦略的意義、そして今後の展望について語った。

黒字でも低採算なら改革対象とする
ROIC基点の事業構造改革

松浦 貴社は、来年2026年に創業90周年という大きな節目を迎えられますね。1936年の創業以来、日本の通信や電力といった重要インフラを支えてこられた中、現状に甘んじることなく、「時代は、変化でできている。私たちが、変化をしないわけにはいかない。」という貴社のパーパスの一節に代表されるように、常にチャレンジと経営改革を重ねてこられているお姿に、深く感銘を受けています。

長谷川 私が社長に就任した2018年から、「Change SWCC」のスローガンを掲げ、大規模な経営改革に着手してきました。私は、歴代の社長と違い、研究開発職出身で、しかも初の女性社長として就任しました。せっかく選ばれたからには、「勇気を持って、これまでSWCCが踏み出せなかった改革に挑もう」と決意したことが出発点でした。当時、当社の財務体質は非常に脆弱で、その改善が急務でした。そこで、ROIC(投下資本利益率)を重視する経営への転換を進めるとともに、事業ポートフォリオの見直しなど、様々な改革を進めました。その結果、7年かけて財務基盤が改善し、ようやく「普通の、安定した会社」と呼べる状態になったと感じています。

松浦 ご就任当初、2026年時点で営業利益90億円の達成を目標とされていたところ、2025年現在ではそれを大きく上回る200億円を超える営業利益を達成されたと伺っています。どのような"Change"が、こうした目を見張る成果を引き寄せたのでしょうか。

長谷川 最も重要だった変革は、事業ポートフォリオを見直し、成長分野に資金や人員といったリソースを集中的に投入するようにしたことです。実際、リソースを投入した電力関連のビジネスが好調な収益を記録し、現在の当社の収益の柱となっています。今、日本の電力分野は、老朽化したインフラの更新、デジタル化やAIの活用拡大に伴って増大する電力需要への対応、送電網の強靱化、自然災害への備え、さらには再生可能エネルギーの導入など、社会の変化に応じるための大きな転換期を迎えています。この潮流はビジネスチャンスですが、電力分野は大きな電線メーカーが複数いるレッドオーシャン(競争が過熱している既存市場)ですので、正面からの競争では消耗戦になってしまいます。そこで、当社の事業を改めて見つめ直すと、当社には他社とは違う強い製品、「SICONEX®(サイコネックス)」という電力接続部品がありましたので、それを中心に当社ならではのビジネスモデルを描く戦略を選びました。これは、陶器製の一般的な碍子(がいし)と比べると小型・軽量で運搬がしやすく、工期を約3割削減でき、さらに、油を使わない構造のため、災害時にも倒壊や出火のリスクが低く、安全性の高さも備わっている事が大きな強みです。加えて、こうした製品を単に「モノ」として販売するだけでなく、工事やメンテナンス、ケーブル設備とセットにして、「ソリューション」として提案する形に転換し、いわゆる「モノ売り」から「コト売り」へのシフトを行いました。これが、電力分野での当社の現在の成長の原動力になったと思います。他方、例えば建設用電線など、他のレッドオーシャン分野については別のアプローチで収益力を高めました。この分野は、当時小又が担当役員として推進しました。



電力接続部品SICONEX

SWCCグループが長年培ってきた技術を結集させて開発した電力接続部品「SICONEX®」

小又 日本の建設業界は、少子高齢化などを背景に基本的に縮小傾向にあり、その影響を受けて建設用電線の需要も緩やかに減少していました。市場が縮小する中で、企業がこれまで通り市場にとどまり続ければ、需給バランスが崩れてしまいます。一方で、建設需要は急激に減少することはなく、今後も一定程度需要として残る、ある意味で安定的な事業ともいえます。そこで当社は2020年4月に古河電気工業と合弁会社を設立、まず販売を統合し、その後さらに、両社工場で行っていた電線製造を当社工場で引き受ける形で製造も統合することで、製販一体で効率的な事業運営が可能になり、収益力の向上につながりました。こうした柔軟な事業ポートフォリオ改革を可能にした大前提は、やはり長谷川が推進してきたROIC経営だろうと思います。ROICという、「効率よく稼ぐ力」を示す指標を通じて、当社が本当に伸ばすべき事業を客観的に見極め、そこに集中的にリソースを投入できる体制が整ったのです。

松浦 ROIC経営を、実際の事業ポートフォリオ再編に結びつけ、業績向上へとつなげていく。今、多くの企業が同様の経営改革に取り組まれようとしている中で、まさにお手本となるようなケースです。私が感銘を受けたのは、赤字事業だけではなく、黒字でもROICが低い、「そこまで良くも悪くもない」事業にまで踏み込んで、見直しの対象とされた点です。こうした事業を抱える企業も少なくありませんが、いざそこに着手し ようとすると、「業績が悪いわけでもないのに、なぜ自分たちの事業が」といった現場の不満を招きがちです。このため、社内の軋轢や不和を避けるために、こうした事業への対応を躊躇するケースも少なくありません。しかしそれでは、企業として本当に伸ばしたい事業に十分なリソースを回すことができず、成長機会をみすみす逃してしまいます。貴社においてROIC経営が成長につながっている背景には、そうした難しい判断に際しても、社員一人ひとりに丁寧に経営方針を説明し、彼らの納得を得ながらROIC経営を浸透させ、企業文化を醸成していった、地道なご尽力があったからではないかと拝察しています。

長谷川 おっしゃる通りです。最初に事業の売却などを担当した役員や、その部署にいた社員には、つらい思いをさせてしまったと思います。ただ、粘り強く伝えてきたのは、ROICとは「稼ぐために、どれだけの資本を使っているか」を示す指標であるということ、そしてそのROIC経営の最終的な目的は、「社員一人ひとりが、より意味のある仕事をすることができ、その結果として得た利益を皆で分配していくことで、全体がよりよくなること」だという点です。利益が出ている事業であっても、その利益を生み出すために多額の資本が必要であるならば、それは当社の未来像にそぐわない⸺。そうした考え方が、少しずつ社内に浸透してきたと感じています。もちろん痛みは伴いましたが、その効果が実際に業績として表れ始めていることが、改革を後押しする追い風になっていると思います。


真に持続的な事業の発展を追求する
既存事業を飛び出すインオーガニック成長戦略

松浦 さて、長谷川さんの「Change & Growth」改革において、「Change」が大きな成果を収めた今、いよいよ貴社は「Growth」⸺すなわち成長に向けて歩みを進める段階に入ったわけですね。そしてそのタイミングで、2025年4月に長谷川さんから小又さんへと社長交代が行われました。

長谷川 おっしゃるように、当社はこれまでの経営改革により、事業基盤を安定させることができました。そして今、成長へと舵を切る、極めて重要な局面にあります。そこで、もう一段ギアを上げて会社を前に進めるために、指名・報酬委員会でも数年にわたり慎重に議論を重ねてきた結果、当社の成長を牽引する経営のバトンを託すべき人間は小又しかいないと、取締役会としても私個人としても確信したのです。

小又 これまで長谷川が様々な経営改革を行い、土台を固めてきてくれました。まずは、これを後戻りさせてはいけないと思います。私自身、役員として一緒に経営方針を練ってきたので、長谷川が固めてくれた土台を基に、いよいよ「Growth」を進める段階が来た、その使命が自分に託されたと実感し、背筋が伸びる思いです。それでは、いまSWCCに必要な成長の方向性とは何か。これには様々な視点がありますが、2023年に策定したパーパスに端的に表れていると思います。このパーパスは、自分たちがどのような会社になりたいか、社内で年代や性別の垣根を越えて議論を重ねて作ったものです。10行のパーパスの1行ずつに想いが込められておりますが、特に最後の2行、「いま、あたらしいことを。いつか、あたりまえになることへ。」に表れていると思います。すなわち、私たちが向かうべき方向性とは、現状に満足せず、既存の枠組みにとらわれることなく、新しい時代に向かって、新しい価値を生み出し続けていくことです。そこで当社では、Growth追求の一環として、既存の事業領域を飛び出し新たな成長ドライバーを獲得するという意味を込め、"インオーガニックな成長"を目指す「ビジネスデベロップメント戦略」を中期経営計画に盛り込みました。

松浦 つまり、既存事業にとどまっていては、真に持続的な成長は難しいということですね。

長谷川 ええ。かねてより私は、持続的な成長を実現するには、3本の柱が必要であると言ってきました。現在、当社は3つの主要事業セグメント「エネルギー・インフラ事業」「電装・コンポ―ネンツ事業」「通信・産業用デバイス事業」を持っています。このうち、「エネルギー・インフラ事業」は、堅調な国内エネルギー・インフラ市場の拡大や改革の成果もあり、当社の収益を牽引する存在となっています。一方で、残る2つの事業は、成長機会を捉えるのにまだ苦労している状況です。変化の激しい昨今、いつ風向きが変わるか分からない中では、柱は1本ではいけない。もう1本の柱を立てるために、オーガニックでは難しいということであれば、インオーガニックの要素も入れていかないといけないと思っていました。

小又 このような問題意識は、私を含め執行役員全体でも共有され、何度も議論を重ねた結果、現在のビジネスデベロップメント戦略にたどり着きました。


M&Aのビジョンを追求した先に
たどり着いた「ボルトオン型」

松浦 なるほど。確かに歴史を振り返っても、数多の変化を乗り越えて生き残ってきた企業には、複数の収益源を有し、状況の変化に応じてダイナミックに重点分野を切り替えてきたところが多いようにも思われます。貴社のビジネスデベロップメント戦略は具体的にどのようなものか、お聞かせいただけますか。

小又 戦略の内容はいろいろありますが、注力しているものの一つがM&A(合併・吸収)によって技術や顧客基盤を手に入れる、いわば成長の時間を購入するということです。M&Aという言葉は、以前から社内でありましたが、当社にとって、何をM&Aの目的にするかということに時間を使って考えてきました。M&Aによる成長には、目標業績とのギャップを埋めるために買収したり、競合を買収して既存事業のシェアを拡大したり、といったディールもありますが、私たちが重視しているのは、当社の強みを活かしながら、既存事業の周辺領域へ拡大する、"事業の幅出し"を行うことでした。

松浦 ひと言でM&Aといっても、達成したい目的によって、どのような企業を、どのような方法で買収するのかは千差万別です。小又さんがおっしゃったように、M&Aはあくまで特定の目的を達成するための「手段」ですから、本来であれば、まず目的を明確に定めたうえで、その実現に最も適した手法を選ぶ、という順序が望ましいはずです。しかし実際には、「M&Aの目的」を十分に整理しきれていない企業も少なくない印象があります。

長谷川 ご指摘の通り、当社でも当初は、例えば「○○事業の業績が中期経営計画の目標に届きそうにない。M&Aで埋めましょうか」といった、ビジョンの伴わない議論がなされることもありました。しかし、そこから役員全員で何度も議論を重ね、先ほど小又が説明したように、既存事業との相乗効果を重視し、自社の事業ポートフォリオに新たな事業・技術・製品・顧客基盤を加えていく、いわゆる「ボルトオン型」のM&Aこそが、当社の成長を支える戦略としてふさわしい、という共通認識に至るまでには、かなりの時間を要しました。


長谷川隆代 氏と小又哲夫 氏と松浦哲哉

TOTOKUが強みとする半導体や
モビリティなどの事業で成長を加速させる

松浦 そんな貴社のビジネスデベロップメント戦略の中核となる取り組みが、2025年2月にDBJとの共同出資の形で実施した、TOTOKUの株式取得でしたね。貴社の事業領域とは近しい領域のビジネスかと存じますが、改めて今回のM&Aの目的や経緯などを伺えますか。

小又 TOTOKUが強みを持つ「半導体分野」「モビリティ分野」、そして海外事業は、当社の電装・コンポーネンツ事業セグメントや通信・産業用デバイス事業セグメントにおいて、まさに成長領域として位置づけてきた分野です。今回、TOTOKUを連結子会社としてグループに迎え入れられたことで、両社の技術開発、製造、営業・マーケティングに関するリソースを、クロスセルや共同開発などの形で融合し、これら成長領域の発展を一層力強く推進できると確信しています。検討の初期段階からTOTOKUを連結子会社化することによるボルトオン効果の大きさには、強い関心を寄せていました。ただ、最大のネックは、やはり巨額の必要資金をどう調達するか。ファイナンス手段に頭を悩ませていたまさにそのタイミングで、DBJが共同出資スキームの提案書を携えて訪問してくれたのです。あまりにタイミングがよすぎて、どこかで見られていたのではないかと思ったほどです。

長谷川 もっとも、DBJと当社は以前から密接なお付き合いがあります。私自身のDBJとのお付き合いのきっかけは、優れた環境経営を行っている企業をDBJが独自に評価する「DBJ環境格付融資」でした。当時は、私が社長に就任して経営改革を進めており、ESG(環境・社会・ガバナンス)についても、どのように進めていくのか手探りの状況でした。DBJの環境格付融資を通じて、ESGを重視した経営の進め方や留意点などについて、アドバイスをいただくことができ、当社のESG経営も非常によくなっていきました。一般的な金融機関とは異なる視点から、当社の経営方針や事業の方向性、そして「何をどう変えていくべきか」といった、より本質的なテーマに真摯に向き合ってくださったことが、特に印象に残っています。そうした対話を積み重ねる中で、当社の考えやニーズを深くご理解いただけるようになり、それが今回のタイムリーなご提案につながったのだと受け止めています。

松浦 お客様がどのような課題・問題意識を抱えているのか、それに対してどのようなソリューションの提案ができるのか。当行は常にこうした部分にアンテナを高くしておりますが、長谷川さんがおっしゃったとおり、その土台となるのは、お客様との対話を通じて構築された信頼関係です。また、M&Aやファイナンスにおいてはタイミングが重要な要素であるところ、今回は、貴社との信頼関係があったからこそ、時機を捉えたご提案ができたのだと思いますし、私たちとしても非常に嬉しく感じています。

小又 DBJとの共同出資がなければ、TOTOKUの株式取得、ひいては当社のビジネスデベロップメント戦略の順調なスタートは実現し得なかったと考えています。加えて、ディールの進行にあたっては、検討のスピード感を損なうことなく、共同出資者の立場からタイムリーに、各種のサポートもしていただきました。案件が進めば進むほど信頼が深まり、最後までよいチームワークで進めることができたと感じています。こうしたご支援への感謝の気持ちも込めて、TOTOKUとのシナジーを活かした成長分野のさらなる発展を実現させていくとともに、今後もM&A等を通じてインオーガニックな成長の機会を模索していきたいと考えています。

松浦 今回、共同出資の形で貴社によるTOTOKU株式の取得を支援できたことは、我が国企業の競争力強化のために成長資金を供給する当行の「特定投資業務」の好例にもなったと自負しています。また、本日お二方からお話を伺って、改めて、今回のTOTOKU株式取得は決して単発のディールではなく、貴社がこれまで歯を食いしばって積み重ねてこられた経営改革や組織変革の取り組みが"結実"したものであることが分かりました。第三者が本件を表面的に模倣しただけでは、必ずしも同様の成果は得られないでしょう。読者の皆様には、M&Aを成功させる「前後の文脈」まで含めて、SWCCさんの来し方行く末、すなわち、これまでの「Change」の歩みとこれからの「Growth」の展開にぜひ注目していただきたいと思います。当行としても、我が国産業の競争力強化に向けて、今後とも、お客様のよき伴走者として、投資・融資・アドバイザリー等、あらゆる面からお役に立ちたいと考えています。


この記事は季刊DBJ No.57に掲載されています

季刊DBJ No.57