調査のわき道

Vol.27
一杯のコーヒーから考える、いのち輝く未来社会
~生物多様性の最新動向~

[執筆者]
株式会社日本経済研究所
産業戦略本部 海外調査部 副主任研究員
杉本嘉文

大阪・関西万博と生物多様性

開催中の大阪・関西万博は、「いのち輝く未来社会のデザイン」をテーマに掲げ、持続可能な開発目標(SDGs)の達成に向けた取り組みを世界に発信している。9月には「地球の未来と生物多様性」のテーマウィーク※1 も予定されており、豊かで多様ないのちが住む地球を未来に残すために、私たちは何をすべきか?という問いかけを見つめ直す機会となっている。

例えば、毎朝何気なく飲むコーヒー。香ばしいコーヒー豆の多くは、日本から遠く離れた熱帯地域で栽培されている。日本は世界でも有数のコーヒー輸入国であり、主な輸入先はブラジルやコロンビア※2 など、「コーヒーベルト」と呼ばれる赤道を挟む南北緯約25度一帯に位置する国だ。これらコーヒー栽培適地の多くは生物多様性ホットスポット※3 と重なり、地球上で生物学的に特別豊かでありながら、同時に破壊の危機にさらされている場所でもある。大阪万博では、持続可能な農業の展示や生物多様性アプリ※4 連動イベントなど、生物多様性をより身近に感じられる催しが開かれ、コーヒーのような日常の選択と、森林やそこで育まれるいのちへの影響を考えさせられる。

生物多様性条約COP16とコロンビア

生物多様性を守る取り組みはグローバルでも機運が高まっている。2024年10月、コロンビアで開催された生物多様性条約COP16(以下、COP16)では、企業・金融機関による自然関連情報の開示目標を含む国際的な枠組※5 の実行に向けて議論が進められた。議長国コロンビアのパビリオンでは、苦味と酸味のバランスの取れたコーヒーが振る舞われたのが印象的で、まさにこの国の豊かな自然と人々の営みを感じた。

COP16では、生物多様性の国際的な情報開示枠組を提唱するTNFD※6 が、アダプター登録企業※7 の最新状況を発表したが、登録企業数は国別で日本がトップを独走。日本政府によるTNFDへの資金拠出と今後の連携強化も発表され、生物多様性分野でのプレゼンスを高めている。

コロンビアのパビリオン

議長国コロンビアのパビリオンではコーヒーが振る舞われた。
(COP16にて筆者撮影)

アマゾンをテーマにしたパビリオン

アマゾンをテーマにしたパビリオンが設置され、会期中はラテンアメリカファイナンスデーの開催など、地域密着性の高いイベントも多数実施。
(COP16にて筆者撮影)

ブラジルと国連気候変動枠組条約COP30へのつながり

2025年11月には、ブラジル・アマゾンの都市ベレンで国連気候変動枠組条約COP30(以下、COP30)が開催予定だ。アマゾン川や熱帯雨林が広がる同地域での開催は、気候と自然のつながりにも焦点が当たることが期待されている。世界最大のコーヒー生産国でもあるブラジルでは、森林破壊の進行により、コーヒー栽培適地の多くが失われる懸念も指摘されている。COP30はこうした危機にどう立ち向かうかを問う場となるだろう。

大阪万博・COP16・COP30と生物多様性への注目が集まり、国際的な連携や金融機関・企業を巻き込んだ取り組みが加速している。一方、第2次トランプ政権の誕生などにより、気候変動・生物多様性への取り組みが逆風にさらされている今こそ、コーヒーを片手に、いのち輝く未来社会について考えたい。



※1 9月17日(水)~9月28日(日)に開催予定、テーマ領域は気候変動、生物多様性、ネイチャーポジティブ、森林破壊など。

※2 一般社団法人全日本コーヒー協会(AJCA)の調査データによると、2024年日本への輸入量1位がブラジル、2位がベトナム、3位がコロンビア。
https://coffee.ajca.or.jp/pdf/data-24-202504.pdf

※3 生物多様性ホットスポットに残された原生自然は、地球の陸地総面積のわずか2.5%未満である一方、全植物の50%、両生類の60%、爬虫類の40%、鳥類・哺乳類の30%がその場所にしか生息していない。現在、世界で36カ所が選定され、日本もその一つ。

※4 株式会社バイオームが開発した生物多様性アプリ「Biome」と連動したイベント「 生物多様性 超みわけランド」。
https://biome.co.jp/news/biome_expo-2025/

※5 昆明・モントリオール生物多様性枠組(Kunming-Montreal Global Biodiversity Framework)。2050年のビジョン、ゴール、2030年のミッション、2030年までの23の目標によって構成。

※6 自然関連財務情報開示タスクフォース(The Taskforce on Na ture-related Financial Disclo sures)。自然資本等に関する企業のリスク管理と開示枠組を構築するために設立された国際的組織。2019年1月の世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)で着想。2023年9月に開示枠組v1.0を公表。

※7 TNFD開示枠組に沿った自然関連情報開示に取り組むことを表明した企業。

この記事は季刊DBJ No.57に掲載されています

季刊DBJ No.57