ネクスト・ジャパン最前線

基本解説

防災の産業化と国際ルール形成への挑戦

株式会社日本政策投資銀行
産業調査部課長 兼イノベーション投資部参事役
兼 設備投資研究所主任研究員
蛭間 芳樹

世界各地で、気候変動や急速な都市化を背景に自然災害が激甚化・頻発化しており、人的被害および経済的損失は増加の一途を辿っている。これに伴い、近年の気候変動対策は、脱炭素などの「緩和」から影響や被害を最小化し、社会や経済の“しなやかさ(レジリエンス)”を確保する「適応」へと重点が移されつつある。また、サイバー攻撃などの人為災害も、企業の事業継続や国家の安全保障に直結する喫緊の課題となった。災害大国の日本には、官民双方にリスク低減に関する高度な知見と技術──防災がある。災害が常態化する現代において、日本が有する災害や危機を“しなやかに”乗り越える社会技術を、国際社会と共有することは日本の国際的な責務であると同時に、日本の根源的な価値を発揮する機会でもある。株式会社日本政策投資銀行(DBJ)は、投融資一体のソリューション、良質なナレッジの創出、国際ルール形成等を通じ、次代の日本社会、ひいては世界のレジリエンスの向上に取り組んでいる。

防災×金融のフロンティア
DBJの「BCM格付融資」と「イノベーション投資」

DBJは防災分野ではどのような取り組みを展開していますか。

DBJは「金融力で未来をデザインします」を企業理念とし、経済価値と社会価値の両立を図るサステナビリティ(持続可能性)経営を推進しています。様々な災害や危機に対しては、金融危機や感染症などの国難危機に対して消防団や防波堤のように対応する危機対応業務があり、その後の復旧・復興についても資金供給を行っています。このような危機発生後の事後対応(Ex-post)に加えて、被害を最小化するためのリスク低減を志向した事前投資(Ex-ante)にも注力しています。具体的には「DBJサステナビリティ評価認証融資」の一環として、防災および事業継続への取り組みが優れた企業を評価する「BCM(事業継続マネジメント)格付融資」を提供しています。同融資は2024年度までに累計件数473件、累計金額6,247億円の実績を誇り、防災を金融市場のインセンティブ構造に組み込んだ世界初の事例として、国連、世界銀行、世界経済フォーラムなどの国際社会からも、金融技術を活用したレジリエンス構築の好事例として評価を得ています。

BCM格付融資の実績

DBJでは2006年度に世界で初めて防災格付融資の運用を開始

防災の産業化とは。

キーワードは「フェーズフリー」と「スタートアップ」です。一般に、防災や気候変動適応といったレジリエンス領域のソリューションは、不可避なリスク・負の影響への「備え」というコスト的側面が強く、それらは公助を担う行政や資本力のある大企業による限定的な活動にとどまっていました。いわゆる伝統的な防災市場は、その多くが有事に限定された需要であるため、キャッシュフローの予測可能性やスケーラビリティに欠け、イノベーションが停滞し、産業化が困難であるという構造的な課題を抱えていました。

この課題を打破する設計思想が「フェーズフリー」です。これは、日常(平時)と非常時(有事)の境界をなくし、双方のフェーズで価値を発揮するビジネスモデルを指します。例えば、WOTA株式会社は、小規模分散型水循環システムを老朽化した水インフラ代替として展開しつつ、災害時には避難所等の生活用水、水ライフライン確保に貢献します。また、株式会社SkyDriveは、次世代移動手段である「空飛ぶクルマ」の開発過程で、物流ドローンを活用した災害時の物資運搬を実現しています。両社ともに2024年能登半島地震時に、実際に災害対応事業を行っています(なお株式会社SkyDriveのドローン事業は、2025年7月に株式会社AlterSkyとして分社化)。このような日本版デュアルユース(平時と災害時の両用性)を前提とした事業設計思想・サービスデザインは、事業性・収益性と社会性・公共性を両立させると考えます。

伝統ある防災分野に、異業種や新技術が参入すること自体がイノベーションを加速させると思います。デジタル化の文脈では、株式会社バカンは、混雑情報の可視化サービスですでに活躍している新興企業ですが、文部科学省の中小企業イノベーション創出推進基金の支援を受け、避難所DXに資するシステムを新たに開発しています。将来は、混雑可視化技術を、自治体の公共施設管理DXへと拡張し、災害時には避難所管理や救援物資供給の最適化をサポートできるサービスが実装される可能性があります。

このように、新興企業やスタートアップ企業の参入は、防災分野にイノベーションをもたらす可能性があります。新たなビジネス機会として防災・レジリエンス領域を捉えたら、どのような仕掛けや創意工夫ができるのか、経済成長と社会の安全性や信頼性が両立するのかなど、日本経済の未来を支えるスタートアップ企業の育成、活躍の場としてもレジリエンス領域は有用と考えます。

ディープテック(深い科学的知見に基づく先端技術)は短期的な経済性は出しにくいものの、その技術がもたらす新しい社会的価値を結びつける形で事業を構築し、それらが実装されれば、社会自体のアップデート、イノベーションにつながると思うのです。DBJは、これら「スタートアップ」へのリスクマネー供給と経営参画などの伴走支援を通じ、未来創造のカタリスト(触媒)、環境整備のイネーブラー(支え役)として、この変革を共に推進しています。

事後補償のリスクファイナンスを再定義
事前投資によるリスクコントロールこそ重要

日本政府と協働し、レジリエンス社会の実現を目的としたリスクファイナンスの国際標準規格「ISO37116 Risk Finance」の発行プロジェクトを主導していますね。

プロジェクト誕生の背景にあるのが「仙台防災枠組2015-2030」です。2015年3月、仙台市で第3回国連防災世界会議が開催され、パブリックフォーラムを含めると、延べ15万人が集う国際会議で採択されたものが仙台防災枠組です。この枠組では、「4つの優先行動」として、①災害のリスクを理解し共有すること、②災害リスク管理を強化すること、③防災への投資を進め、レジリエンスを高めること、④災害に十分に備え、復興時には「ビルド・バック・ベター(より良い復興)」を実現すること──を国際合意しました。防災世界会議は、国連の公式なハイレベルの会議ですが、実は第1回が横浜市(1994年)、第2回が神戸市(2005年)とすべて日本で開催しています。日本では当たり前の防災ですが、その知見と技術が国際社会から極めて高く評価されている証左に他なりません。そして、2030年の目標達成に向け、仙台は「防災エキスパートの聖地」として、世界のレジリエンス向上を象徴する中心地となっているのです。

同じ2015年開催の会議で生まれた「パリ協定」は、気候変動対策、特に脱炭素の国際的枠組みとして世界の政治や経済などにインパクトを与え続けています。

パリ協定では2020年以降の温室効果ガス削減に関する取り決めが示され、世界の平均気温上昇を産業革命前より2℃未満、できれば1.5℃に抑えることを目標に掲げています。これを実現するための「緩和策(温室効果ガス削減等)」に代表される国際ルールや国際合意は、クリーンテックやサステナブル・ファイナンスの台頭を促し、世界の政治・経済・社会に大きな影響を及ぼしました。ビジネス面では、脱炭素に資する製品やサービスの開発、それらを促す金融商品などが生まれ、関連する新技術開発が加速し、スタートアップ企業も次々と誕生しています。しかし現実は厳しく、我々はすでに1.5℃超過(オーバーシュート)の危機に直面しています。頻発する気象災害、山火事、干ばつは、もはや環境問題の範疇を超え、国家・社会・経済の根幹を揺るがす気候危機、災害安全保障の課題へと変質しました。

深刻なのは、これら世界の災害や危機に対処する資金の流れです。実は、世界の災害対応関連資金の約96%が、発災後の緊急対応・復旧(Ex-post)に投入されているのが現状です。いわゆるリスクファイナンスと呼ばれる分野・市場では、保険や財政出動が主になります。しかし、このような事後的な損失補填(Post-money)での資金供給では、残念ながら人命は救えません。自然災害のみならず、食糧生産、サイバーセキュリティ、感染症、そして重要資源のサプライチェーンを維持する各種安全保障の観点からも、リスクを低減するための事前投資(Ex-ante)への抜本的な資金シフトが不可欠です。

なぜ、国際標準規格「ISO37116 Risk Finance」の発行を目指すのですか。

このような背景や問題意識から、我々DBJは日本政府と連携し、防災、気候適応、レジリエンス分野への事前投資を促す金融技術を「国際ルール、国際標準」として構築するプロジェクトを始動しました。仙台防災枠組をパリ協定と双璧をなす国際ルールへと昇華させることで、日本がレジリエンス領域におけるグローバル・リーダーシップを発揮し、世界の安全性、信頼性と持続可能性に貢献できると強く思うのです。「日本がこの世界にあってよかった」と、現代そして後世の人々に語り継がれるような貢献を果たすこと、この防災やレジリエンス領域こそ、日本がビジョンを掲げ、未来責任を果たすべき世界共通の課題領域だと考えるからです。それは単なる経済力や国力の誇示ではなく、日本の根源的な価値を改めて世界に示したいと考えています。

DBJグループは、2006年開始の防災格付(現・BCM格付)融資の豊富な実績をもとに、日本政府、有識者らと協働して、2021年にリスクファイナンスの国際ルール策定に係る国内委員会を組織しました。2022年からは、スイスのジュネーブに本部を置くISO(国際標準化機構)において、新たな国際標準の策定交渉を進めています。

ISOといえば、グローバルな取引をスムーズにするために、製品、サービス、プロセス、材料、システムの国際的に通用する「ISO規格」を制定しています。非常口のマーク(ISO7010)などのほか日本でもおなじみの品質マネジメントシステム(ISO9001)や環境マネジメントシステム(ISO14001)などの規格が該当します。

我々が挑戦しているのは、防災、気候適応、レジリエンスの社会実装を金融面から支える「ISO37116 Risk Finance」の構築です。本規格は、ISOで定義されているRiskやDisasterを対象に、事前投資(Ex-ante Investment)を行うことでリスクを低減することを要件とした金融国際ルールです。本規格の導入により、企業金融、プロジェクト金融、開発金融、さらにはリスク低減技術を有する事業者の資金調達に至るまで、あらゆる資金授受の場面で「リスク低減効果」が適正に評価される投融資環境の前提が整います。これにより、日本の防災、気候適応、レジリエンス関連技術や事業者が国際市場で評価され、ビジネス機会が拡大するのみならず、救えるはずの命を守る、という大義を果たすことができるのです。

防災国際標準規格の体系図(2025年3月時点)

2024年に「防災の概念(ISO37179)」規格が発行に至り、この基本的考え方の下、事前防災投資を促すファイナンスのための「リスクファイナンス規格」、事前防災投資を支えるデータ基盤のための「防災情報規格」といった、基盤的な規格の開発作業が進 捗している。

オールハザード・アプローチを通じて
防災の産業化、ビジネス機会化を創出

「ISO37116 Risk Finance」の発行は、人命救助や各種リスクを低減するための事前投資という資金の流れをつくり、日本企業が国際市場でリーダーシップを発揮する「防災の産業化」も後押しするわけですね。

自然災害に対峙してきた日本企業は、規模や業種を問わず、国際的に比較すると充実した防災計画やBCP(事業継続計画)を有しています。それは構造物の耐震化などハード面のみならず、代替調達先の確保などサプライチェーンの多重化、戦略在庫の確保、避難経路の確保といったソフト面を統合したものです。2025年10月にベトナムにおける記録的豪雨で防災投資の効果が鮮明に示されました。冠水により都市機能が麻痺する中、日本の大手小売事業者は、1999年からの洪水履歴データに基づき、敷地をかさ上げする事前投資を行っていたことで、唯一店舗営業を継続しました。事業継続に際して、地域住民に施設を開放し生活インフラとして機能しました。まさに「フェーズフリー」の事業継続性の発揮であり、防災、気候適応の社会的価値の体現です。また、成功裏に終わった大阪・関西万博の会場においても、会場全体に津波想定の約10mのかさ上げを施すなど、安全への徹底した事前投資は日本の標準となっています。

このような安全や信頼性確保への投資は、コストではなくレジリエントな資産や社会的な価値であることを世界に提示したいと思うのです。これらは、まさにオールジャパンの強みであり、国際標準規格「ISO37116 Risk Finance」の発行を通じて国際ルール化することは、レジリエンス領域の国際市場創出と同時に、日本企業の防災関連のビジネス機会化、産業化、日本の活躍の場を創出できると考えます。

現状と今後の見通しを教えてください。

2025年6月、日本政府は約19年ぶりとなる「新たな国際標準戦略」を策定し、防災(事前投資)が8つの戦略領域の一つに指定されました。これは、日本が、ISO等の国際ルールを通じて国際社会課題の解決を主導し、新たな市場を創出するという意欲的な政府施策です。環境・エネルギー、デジタル・AI、モビリティ、量子等とともに、防災も戦略分野として明確に位置付けられました。

この潮流の中核をなす国際標準規格「ISO37116 Risk Finance」は、2026年春頃の発行を目指し、現在、日本主導の構想を支持するインド、中国、韓国、カナダ、フランス、ペルーなど11カ国と連携してISO内の最終交渉手続きを進めています。

繰り返しになりますが、本規格の発行は、世界の災害・危機対応に関する資金流動を大きく変える可能性を有しています。例えば、事前投資を行う企業やプロジェクト・オーナーが、本規格に基づき適正な評価を得て、金融機関や投資家からリスク低減に資する戦略的な投融資を引き出す──この新たな資金循環の確立は、防災、気候適応、レジリエンス関連市場の拡大を意味します。すでにDBJには、「ISO37116 Risk Finance」をリスクファイナンスの世界のゲームチェンジャーと捉える海外の政府や国際機関、金融機関、もちろん国内からも問い合わせが届いています。

レジリエンス社会の構築には、自然災害以外の危機への備えも重要です。

現代社会が直面する災害は自然の猛威に留まりません。パンデミックやサイバー攻撃、サプライチェーンの途絶など、地政学的なリスクは、今や社会や経済基盤を揺るがす深刻な脅威となっています。一方、依然としてリスク低減への意識、戦略的なリスク低減投資、係るリスク・インテリジェンスが十分ではなく、ハードとソフトの両面で備えが脆弱な国・地域や企業が存在するのも事実です。国際標準規格「ISO37116 Risk Finance」が幅広い災害に対する人々の意識と行動の変容を促す、言い換えるとあらゆる脅威を包括的に捉える「オールハザード・アプローチ」を広く浸透させ、多くの人命を救助し、ひいては日本の各種災害対応関連産業を後押しする契機となる触媒になれればと思います。

リスクファイナンスISOのイメージ

「事前投資」に係る日本のレジリエンス・ソリューションを世界へ

新たな国際標準戦略の戦略領域と重要領域

出典:首相官邸ホームページ

この記事は季刊DBJ No.58に掲載されています

季刊DBJ No.58