ネクスト・ジャパン最前線

座談会

防災の産業化に挑むスタートアップ
ビジネスの拡大と海外進出への課題

株式会社RTi-cast 最高技術責任者(CTO)
東北大学災害科学国際研究所 教授 越村 俊一 氏

株式会社バカン
代表取締役 河野 剛進 氏

株式会社Aster
代表取締役 最高経営責任者(CEO) 鈴木 正臣 氏

株式会社日本政策投資銀行
サステナブルソリューション部長 布施 健

株式会社日本政策投資銀行
産業調査部課長 兼 イノベーション投資部参事役
兼 設備投資研究所主任研究員 蛭間 芳樹

2025年9月8日、日本政策投資銀行は防災をテーマとした「DBJ防災トランスフォーメーションフォーラム」を開催した。「防災の産業化と国際ルール形成への挑戦」と題したパネルディスカッションには、日本の防災産業のスタートアップを代表して、RTi-cast CTOで東北大学災害科学国際研究所教授を務める越村俊一氏、バカン代表取締役の河野剛進氏、Aster代表取締役CEOの鈴木正臣氏が登壇。フォーラム当日には語られなかった防災の産業化に向けた課題や、防災ビジネスの市場拡大、金融機関に期待する役割について、あらためて語り合った。

越村 俊一 氏

株式会社RTi-cast
最高技術責任者(CTO)
東北大学災害科学国際研究所 教授
越村 俊一 氏

河野 剛進 氏

株式会社バカン
代表取締役
河野 剛進 氏

鈴木 正臣 氏

株式会社Aster
代表取締役
最高経営責任者(CEO)
鈴木 正臣 氏

布施 健

株式会社日本政策投資銀行
サステナブルソリューション部長
布施 健

蛭間 芳樹

株式会社日本政策投資銀行
産業調査部課長
兼 イノベーション投資部参事役
兼 設備投資研究所主任研究員
蛭間 芳樹

防災を必要最小限の対策にとどめず
重要な経営課題と捉える

布施 先日の「DBJ防災トランスフォーメーションフォーラム」では、3社の取り組みが非常に興味深く、熱のこもったプレゼンテーションに多くの参加者が引き込まれていました。フォーラムの後、どのような反響があったのでしょうか。

河野 フォーラム後、新聞に当日の採録記事が掲載されましたが、それをご覧になった方々から大きな反響をいただきました。内閣府やDBJの方々と一緒に写真入りで掲載されたことで、当社に対する安心感や信頼感の醸成につながったようです。当社に限ったことではないと思いますが、スタートアップ企業においては、事業の新規性ゆえに、顧客や取引先に対して十分な安心感や信頼感を確立しきれていない点が課題としてあります。そうした中で、フォーラムでの登壇や記事掲載の機会を通じて、各自治体で防災への意識が高まるとともに、当社のサービスへの注目が集まったことは非常に大きな価値があったと感じています。

鈴木 当日、高知県の企業の方から声をかけていただきました。「南海トラフ地震のリスクがある高知市に工場を構えているため、防災面で不安があると、それを理由に顧客が他社に流れてしまう。そのため、防災を経営上の最優先課題として捉えている」という話を伺いました。
多くの企業にとって、防災はそのほかの経営課題と比較して優先度が劣後しがちです。防災そのものは直接的に利益を生まず、防災投資はできれば必要最小限に抑えたいというのが企業の本音だと思われます。そんな中で、防災に対して、自社の利益と信用に直結する課題として実直に取り組んでいるという話に大きな感銘を受けました。

布施 防災投資は一見するとコスト負担が大きく感じられることもありますが、実際には事前対策によって被害を最小限に抑えることで、結果的に経済的負担を軽減できる可能性が示唆されています。何より、人命に関わる事故が起きてしまった場合の影響は計り知れません。ですので、企業には防災を経営課題として捉えていただきたいと考えています。

自治体により異なる防災への温度感
予算化の方策にもコミットする必要

布施 「DBJ防災トランスフォーメーションフォーラム」を開催したのは、日本企業が事前防災に対して前向きに取り組む機運を高めることが重要だと考えたからです。これは自治体においても重要なテーマです。RTi-castは高知県と提携して、津波の被害予測に関するサービスを提供していますが、高知県でのスキームをほかの自治体にどう広げていくかが課題と聞いています。

越村 自治体にとって難しいのは、津波による災害が起きる頻度が非常に低いので、その対策を毎年の予算にどう組み込んでいくかといった点です。一方で、南海トラフ地震は数十年のうちに必ず起きると言われており、広い地域で甚大な被害が予測されています。
高知県は、国の支援による我々のプロジェクトに協力自治体として参加していただいて以来、10年ほどのお付き合いになります。補助金により導入コストを抑えられたことも大きいですが、高知県は南海トラフ地震による津波で特に大きな被害が想定されるという背景があり、被害予測システムの意義を理解していただいたことが、予算化を進める決め手となりました。
予測システムの使用料は毎年発生します。RTi-castの津波予報サービスのメリットを理解していただいても、その先には予算化という壁が立ちはだかります。我々としてはサービスの訴求と並行して、予算化に向けたコミットも必要だと痛感しています。

河野 自治体によって防災への向き合い方や温度感が大きく異なる点は、私も強く感じています。被災経験の有無にも左右されますが、特に首長の考え方が影響しやすいと感じています。首長の防災に対する理解や関心が十分に高くない場合は、予算化が進みにくいでしょう。また、取り組みが評価されにくければ、現場の職員の方々も新しい挑戦へのモチベーションが高まりません。防災や危機管理に強い意識を持つ職員が配属されても、人事異動で態勢が変わりやすく、熱量を継続しにくいという側面もあります。
予算面でも、越村さんが指摘したように、特に市町村レベルでは毎年の予算化となると、財源不足から具体的なプロジェクトに踏み出せないケースが少なくありません。政府による自治体への財政支援や啓発活動の強化が必要だと感じます。

蛭間 スタートアップが提供するサービスをパッケージ化し、自治体側が予算規模や地域ニーズに応じて柔軟に選択できる仕組みを整えることも有効な解決策となり得ると思います。

防災システムのパッケージ化と
海外への展開に向けた課題

布施 防災システムのパッケージ化は重要なテーマです。企業や自治体が日常的に使用しているシステムにAPI連携ができて、費用を抑えた形で多様なサービスを利用できるようになれば、導入に前向きな企業や自治体は増えると考えられます。

越村 RTi-castはSaaSでサービスを提供しているため、県の防災システムとの連携は可能ですが、実際にRTi-castのデータを流すためのAPI接続をしようとすると、システムを運営している企業が高額な改修費を提示する場合が多く、そのコストが普及への壁となっています。
内閣府のプロジェクトで、「SIP4D」という防災情報を共有する情報流通基盤の構築が進められています。将来的には自治体がこのネットワークとつながり、データ連携が標準化され、RTi-castを導入する障壁が低くなることを期待しています。一方で、たとえインフラが標準化されて安価で提供されたとしても、そこに流れるデータは無償ではありません。我々はビジネスとして津波の被害予測サービスを提供しています。その価値への対価を、自治体にはぜひ予算化していただきたいと考えています。

布施 Asterはフィリピンやインドネシアなど東南アジアでも事業を展開しています。RTi-castも海外展開に向けて動いているということです。東南アジアでも、地震の頻度こそ日本より低いものの、ひとたび大地震が起きると、被害の大きさは日本の比ではない地域もあると思います。そのような地域では防災や耐震が急がれると思われるのですが、現地でのビジネスにはどのような課題を感じていますか。

鈴木 現地で、我々が開発した耐震塗料「Aster Power Coating」を壁に塗るだけで建物の耐震補強ができると伝えても、たいていの人が「地震はほとんど起こらないから必要ない」と言います。ほとんどの建物が地震に弱いことを誰もが知っていて、震度2程度の地震でもパニックに陥ってしまうのですが、年に1度あるかないかの災害に対してお金を払えないというのが現地の人々の本音です。
企業の姿勢も利益重視の側面があります。メーカーの部品工場など、大地震が起きたら工場が崩壊して、サプライチェーンが寸断されかねないのですが、工場長が危機感を訴えても、経営陣にとっては、めったに起きない災害への備えはお金の無駄だという意識も強く、耐震補強がなかなか進まない実態もあります。
コーティングを一度に厚く塗るとコストが大きいため、コスト削減のために薄く塗ることを提案したこともあります。「品質は良いが価格が高い」という評価は、東南アジアではなかなか受け入れられません。安さを求める顧客にどう対応するかは、日系企業にとっては難しい課題です。
このように東南アジアは非常に難しい市場ですが、防災ビジネスの伸びしろが大きいのもまた事実です。何より、人命の尊さは日本も東南アジアも変わりません。「地震犠牲者ゼロ」のパーパスを抱える当社としては、今後もチャレンジを続けていきたいと考えています。

越村 海外で防災ビジネスを展開するには、まずは防災を担う人材育成が必要だと考え、我々は東北大学と提携して、相手国の技術者を受け入れてトレーニングを行っています。
現時点では海外で導入に至るまでの実績は得られていませんが、JICAと連携したり、国際共同研究事業の枠組みで相手国とコミュニケーションを図ったりしながら、海外の政府機関や自治体などへの働きかけを進めています。

防災ビジネスに対する金融機関の役割
防災庁には産業化の旗振り役を期待

布施 防災ビジネスのスタートアップ企業にとって、金融機関に期待する役割は何でしょうか。

河野 まず強調したいのは、金融機関が長年培ってきた「人」と「自治体」双方に広がる強固なネットワークへの期待です。自治体と連携したビジネスでは、安心感や信頼性が何より重要になります。その点、金融機関を通じて当社のサービスを自治体に紹介していただければ、導入が一気に進む可能性があると考えています。地域経済を支えるインフラとしての金融機関の役割を踏まえると、災害リスクを軽減し、地域住民の安全と安心を高める取り組みへの積極的な関与は、決して周辺的なテーマではなく、本質的な価値を持つものだと考えています。だからこそ、我々のようなスタートアップと金融機関が協働し、それぞれの強みを生かしながら地域の防災力を高めていく取り組みが実現すれば、非常に心強いと感じています。

鈴木 先ほど防災システムのパッケージ化というお話がありましたが、海外にパッケージを売り込むのに伴って金融機関が融資する際に、防災に資するサービスであれば金利にインセンティブを与えたり、地震の保険料を安くしたりといった仕組みをスキームに組み込むのも有効だと思いました。

越村 世界的に見て、日本の金融機関は信用度が高く、日本の防災技術も非常に信頼されています。長期で低利率のローンと日本の防災技術の販売をセットで展開できると、我々としてはありがたく感じますし、各国も認めてくれるのではないかと思います。

蛭間 国際金融機関も、例えば途上国に対するこれまでのインフラ投資には反省があるようです。地震やハリケーンなどの各種災害に対するインフラの安全性が足りず、甚大な人的、経済的な被害が増加している状況です。世界的な人口増加、都市化を迎えるに際して、インフラ投資が無駄にならないように、例えば日本の防災システムを組み込むことを念頭に置いた公共調達の要件や、インセンティブを含んだスキームなどを提示することはできると思います。

越村 我々としても、2027年のアジア太平洋防災閣僚級会議で、我々の技術をショーケースとして提示したいと考えています。国として、日本のさまざまな防災技術をどのように世界に訴求していくべきか、私も議論に加わりたいと考えています。

布施 国は防災庁の設立に向けて準備を進めていますが、防災力を高めることと並行して、災害大国である日本が大きな強みとする防災ビジネスの拡大と、国際競争力のさらなる強化につなげていく発想も重要だと考えています。DBJとしても、産業振興の観点から、防災庁が旗振り役となることを期待しつつ、積極的な連携を図り、政府が指定した国家戦略技術の6分野に比肩する重要な産業として防災ビジネスが発展するよう、様々な形でサポートを続けていきたいと考えています。

株式会社RTi-cast

東北大学発のスタートアップとして2018年に設立。 “災害を「生き延びる・素早く立ち直る」社会を実現する−レジリエントな社会への貢献−”をミッションとして、リアルタイム津波浸水・被害予測サービス「TsunamiCast」を通じた社会のレジリエンス向上に取り組む。地震発生時、スーパーコンピュータなどを活用し、数分で津波の浸水範囲・被害規模を高精度に予測。国・自治体の災害対応、初動判断、避難誘導、訓練などに活用されている。2019年に「日本オープンイノベーション大賞 総務大臣賞」、2021年に「JST大学発ベンチャー表彰特別賞」を受賞。2024年に、民間事業者として初の、気象業務法による津波予報許可を取得した。

RTi-castの「TsunamiCast」はスーパーコンピュータの分析により、地震発生から約20分で予測情報を提供。津波の高さだけでなく内陸部で起こり得る被害も予測し、地図上に表示
(画像提供:株式会社RTi-cast)

株式会社バカン

「人と空間を、テクノロジーで優しくつなぐ」をミッションに2016年に設立。あらゆる施設や空間の「空き状況/混雑状況」をリアルタイムに可視化・管理するプラットフォームを提供する。飲食店・商業施設・公共施設・宿泊施設などでの「待ち時間削減」「行列管理」「座席予約」などを通じた混雑解消や利便性向上を追求する一方で、近年では「防災・避難所」に注力。災害時の避難所や公共施設において、リアルタイムで混雑状況を把握できるサービスを開発。200超の自治体での導入・運用実績を持つ。

バカンの避難者マネジメントシステムでは、避難者名簿や物資の需給を把握・可視化。さらに、避難所の混雑状況を見える化し、適切な避難先選択を支援。避難者が1カ所の施設に集中するリスクを回避して安全な避難を実現
(画像提供:株式会社バカン)

株式会社Aster

東京大学との共同研究を基盤に、2019年設立。静岡県の中小企業が開発したコンクリートの補強材をコア技術として、耐震塗料「Aster Power Coating」を開発した。建物の壁や構造体に塗布することで、簡便かつ低コストで耐震性を大幅に向上できるのが特徴で、既存建物に対しても後付けで補強が可能。「地震犠牲者ゼロ」をミッションとして、地震大国である日本だけでなく、現在も耐震性の低い建物が密集する東南アジアやインドなどへの海外展開に注力している。

Asterは、外壁に塗るだけで耐震補強ができるコーティング材「Aster Power Coating」を開発。2024年には国土交通省の「第7回JAPANコンストラクション国際賞」を受賞
(写真提供:株式会社Aster)

この記事は季刊DBJ No.58に掲載されています

季刊DBJ No.58