対談

人・モノや地域との「関係・つながり」を創出する
未来図・「JAL FUTURE MAP」
~その場所を何度も訪れたくなる、移動の目的を創る~
日本航空株式会社 代表取締役社長 グループCEO 鳥取三津子 氏
株式会社日本政策投資銀行 大分事務所 事務所長 佐野真紀子
日本航空株式会社(JAL)は、コロナ禍を契機に、改めて「人とモノの移動」の価値に着目し、人とモノや地域との「関係・つながり」を創出する未来図・「JAL FUTURE MAP」を作成。JALの代表取締役社長の鳥取三津子氏に、株式会社日本政策投資銀行(DBJ)・大分事務所長の佐野真紀子が、JAL FUTURE MAPが示す地域活性化の取り組みについて伺った。
鳥取三津子氏(写真右)と佐野真紀子(写真左)
大分県の地域活性化の取り組み
その中でJALが推進する「二地域居住生活」
佐野 鳥取社長と私は、九州の同じ大学の出身。先輩・後輩というよしみで、今日はフランクにお話しさせていただければと思っています。
鳥取 ええ、こちらこそよろしくお願いします。どこか、縁を感じますね。佐野さんは大分県出身と聞いています。
佐野 大学卒業後、DBJの九州支店に採用されました。以後、ずっと大分です。ですので、ある意味大分に関してはDBJの中で一番知っている人間だと思います(笑)。大好きなふるさとのために何か仕事で貢献できたらと考えています。
鳥取 長年にわたって大分の活性化に尽力されてきたのですね。どのような取り組みが進められているのですか。
佐野 大分県は、豊かな自然や源泉数・湧出量ともに日本一の温泉などに恵まれ、特徴的な文化を育んできました。観光振興やまちづくりの面では、そうした資源を包括しつつ、芸術文化の創造性を生かしたまちづくりなど独自性の高い地域活性化の取り組みが県内各地で進められています。例えば、別府市を中心として県内各地でアートによるまちづくりが行われたり、県南の臼杵市は、古くから続く醸造・発酵文化や土から作られる有機野菜、食のサステナブルな循環などが認められ、ユネスコ創造都市ネットワークに食文化分野で加盟し、そうした食文化を通じて地域活性化に取り組んでおられます。また、宇宙港といった新たなコンテンツもあります。御社もパートナーシップに参画しておられますが、県が大分空港を米国シエラスペース社の宇宙往還機帰還のアジア拠点として活用することを目指しており、宇宙ビジネスや観光振興などにおいて期待されているところです。ただ、現行法での規制やおそらく防衛上の問題など、クリアすべき課題は少なくないのかなとも思います。
鳥取 ぜひ、成功させたいですね。
佐野 宇宙港の実現はまだこれからですが、そうなれば単に移動の通過点、交通拠点とするだけでなく、「宇宙」をキーワードに、大分空港を国東半島の観光の拠点にすることも考えられるところです。
鳥取 先日大分に伺ったとき、天気も良く四国や国東半島が見え、非常に素晴らしい風景だと感じました。これは本当に訪れる価値の一つになりますよね。客室乗務員時代に大分県は何度も訪れていますが、先日伺ったとき、改めて山々の美しさに感動しました。国東半島上空から見える自然の豊かさに、大分県の持つポテンシャルを感じましたね。
佐野 大分県への訪問は、JALさんの新たな地域活性化の取り組みに関する協定締結が目的と伺っています。
鳥取 ええ、大分県との包括連携協定の締結式のために伺いました。協定事項に、"観光地域づくりに向けた交流人口の創出・拡大に関すること"があります。その中の一つにJALマイレージを活用した「二地域居住生活」の推進の取り組みがあり、第一歩として玖珠町での取り組みが始まりました。これは、都市と地域の二つの拠点を行き来する新しい生活を提案するもので、初年度の実証実験も含め、延べ50人程度の二地域居住者を見込んでいます。当社は月4往復相当のマイレージを提供(2024年度)し、移動をサポート。玖珠町はマイレージ費用等への助成金適用ならびに「お試し暮らし住宅」を提供します。当社が中期経営計画で打ち出している「移動を通じた関係・つながり」を創造する取り組みの一つです。
佐野 ありがとうございます。玖珠町は大分県内の消滅可能性自治体の一つとなっており、人口減少・過疎化が進んでいる地域です。二地域居住生活で人の流れを作っていただけるというのは、自治体にとって非常にありがたいお話だと思います。この二地域居住生活推進の取り組みも、JALさんが目指す未来として打ち出した 「JAL FUTURE MAP(以下、FUTURE MAP)」の一環と思われますが、FUTURE MAP作成の背景について伺いたいと思います。
宇宙往還機の帰還港として期待される大分空港(写真提供:大分県)
「JAL FUTURE MAP」が生まれた背景
「移動を通じた関係・つながり」が実現した未来
鳥取 コロナ禍であった2020年頃に、私は約7,000名の客室乗務員が所属する客室本部の執行役員でした。"移動"がなくなってしまったことで飛行機がまったく飛ばなくなり、つまり私たちの仕事もなくなってしまった。これが「我々の存在意義や社会的価値って何なのだろう?」と改めて考えるきっかけになり、そこから社内で会話を重ねていく中で人・モノの移動の価値に着目したのです。移動を通じた人と人、人とモノや地域との関係・つながりは、社会課題の解決につながり、サステナブルな未来の実現につながる。そしてそれは、長年にわたって、社会インフラとして安全・安心な移動を提供してきたJALだからこそ貢献できることだと考えました。
佐野 どのような取り組みを進めていく中で、このようなFUTURE MAP、未来の姿を描くに至ったのでしょうか。
鳥取 社内に、様々な部署のメンバーによって構成された未来創造価値プロジェクトを発足させました。このプロジェクトは移動を通じた関係・つながりについて検討するもので、メンバーらは地域へのヒアリングや触れ合いを重ねました。FUTURE MAPには、この関係・つながりが創る数々の未来のアイデア、JALと社会のこれからの関わり方の例を描いています。
佐野 非常に興味深い、また魅力的な未来が描かれたFUTURE MAPと拝見しました。様々な未来のアイデアが描かれていますね。
鳥取 ええ、FUTURE MAPですので未来を表現していまして、これからもっと増えていく予定です。そのために関係・つながり創造部という部を創設しました。未来を考える人を公募し、自組織と兼務して活動してもらっています。
佐野 FUTURE MAPで実現したいことは、どのようなことでしょうか。
鳥取 その場所を何度も訪れたくなる、移動の目的を創ることです。FUTURE MAPはJALと社会の関わり方を描いたものですが、その発想の根底には、「お気に入りの地域を持っていただき、自由に何度でも行き来できれば、多くのお客様にウエルビーイングな人生を送っていただけるのではないか」という想いがあります。移動がもたらす「新しい景色との出会い」、「地域で暮らす多様な人々とのつながり」、「また会いたいと思える人や土地への愛着」という価値は、地球環境や地域社会の豊かさ、人々の幸福、すなわちウエルビーイングにつながっていると考えています。
佐野 FUTURE MAPに描かれているアイデアの中で、具体的に着手した取り組みを教えてください。
鳥取 一つが「旅アカデミー」の開校です。これは様々なテーマについて、地域で活躍する人々が講師となる座学と、実際に現地を訪れて地域の人・暮らしとつながる体験から学ぶプログラムを提供するものです。香川県三豊市、北海道の空知地域など4ヵ所からスタートし、国内外の地域に拡大したいと考えています。
佐野 学びという目的を通じて、地域の人や暮らしとの深い関係・つながりを生み出すことで、何度も訪れるお気に入りの地域をつくっていくという取り組みですね。
鳥取 ええ、何度も足を運ぶ、きっかけづくりのプラットフォームとして整えていきたいと考えています。これは一つの学説ですが、何度も訪れる、移動する場所を持っている人は幸福度が高いといわれています。ウエルビーイングな人生を実現するためには、そのような場所を持つことが大切なのだと思いますね。
佐野 何度も足を運んでもらうことは、地域にとっても関係人口、交流人口が増えるということなので活性化にもつながる話だと思います。
鳥取 ええ、乗務員時代から、どのように地域活性化に貢献できるかを考えていました。自身の故郷やゆかりのある地域に移住し、培ってきた知見を生かして地域課題の解決に対する企画のご提案などを行う「ふるさとアンバサダー」や、地域イベントへの参加や地域産品の企画・PRなどを通じ、さらなる地域の魅力を発掘していく「ふるさと応援隊」をつくったのも、地域活性化に貢献したいという想いからです。大分県でも例えばマナー講座を開くなど、各地域で活動を行っています。
「移動を通じた関係・つながり」を創造する未来を描いた JAL FUTURE MAP
https://www.jal.com/ja/futuremap/

未来を具現化する多彩な取り組み
「関係人口」1.5倍への拡大を目指す
佐野 旅アカデミーは学びという目的を通じて、お気に入りの地域をつくっていく取り組みとのことですが、旅の目的は人それぞれだと思います。以前、大分県国東半島に移住し、地方創生の担い手として活躍しているポール・クリスティさんから印象深い話を伺ったことがあります。旅の目的は人であると。大分空港がある国東半島も過疎化が進んでおり、高齢化率も40%以上というエリア。そんなエリアでポールさんはインバウンド客のガイドツアーといった事業を展開していらっしゃるのですが、そこに滞在した方々が一番感動するのは地元の人たちとの交流なんだそうです。インバウンド客が国東半島を何度も訪れるキーとなっているのは、一般家庭のおばあちゃんの存在があるからだと。おばあちゃんと知り合い、その家でくつろいだ温かい経験が印象として残り、リピーターだけでなく噂を聞いて新しい人も訪れるといった好循環を生んでいるのだそうです。地域にはいろいろな惹きつけられるコンテンツがありますが、こうした人も含めた旅の目的となる様々なコンテンツが、このFUTURE MAPの中にも散りばめられていると感じます。
鳥取 おばあちゃんをキーパーソンとして、来訪者が増えるということは、地域が外から高く評価されたことの証で、それが地域の人のモチベーション向上や活性化につながると思いますね。
佐野 旅アカデミーに続く、取り組み事例を教えてください。
鳥取 FUTURE MAP上で「Fly Again」と名付けた取り組みがあります。これは高齢や病気などで長距離移動が難しい方でも、大好きな地域を再び訪れて、家族みんながそこでの原体験や想いとつながれるよう、フライトをサポートする取り組みです。医療・介護のプロと当社が手を組み、「大切な故郷や思い出の土地への再訪」という希望を叶え、家族にも地域への愛着を持ってもらえるような旅を提供します。実際、沖縄の離島が故郷というご高齢の方をお連れしましたが、数十年ぶりの故郷に触れて涙されていました。
佐野 冒頭にお話があった玖珠町の二地域居住生活ですが、これは今後の全国の自治体と協定を結んで進めていく計画と思います。それは、FUTURE MAPの中に何か表現されていますか。
鳥取 FUTURE MAP内のゲートとして描かれているように、すべての入口はマイレージだと考えています。従来は飛行機に乗るためだけに貯めて使うのがマイレージでしたが、これからは日常でも広く活用していただきたい。入口がマイレージで二地域居住生活をしたいなという動機がこのFUTURE MAPにも散りばめられています。
佐野 このMAPのような、人とモノや地域との関係・つながりを創出していく取り組みにゴールはないと思われます。ただそうした中でも、様々な取り組みを進めていく中で、成果として目指していることは何でしょうか。
鳥取 関係人口を現在の1.5倍にすることを目標に掲げています。移住した定住人口でもなく、観光に来た交流人口でもない、地域と多様に関わる人々である関係人口が増えることで、今よりも、地域が活性化し、二地域居住をしている人も増えていくと思います。本当に目的を持って移動している人が増えて、今よりいろいろな方が地方の隅々まで出かけている風景があるでしょうし、地域外の人々がその地域とつながり、関わることで地域づくりの担い手にもなり、地域活性化につながっていくと考えています。
佐野 同感ですね。関係人口を増やすことは地域にとって大きなメリットがあると思います。地域外の人々とつながり、関わることで協創・連携していくことが大切であり、それが地域に新しい変化を起こすことにつながっていくと思います。今後、DBJとコラボレーションできることがあれば、ご指摘ください。
鳥取 DBJさんとは、地域活性化という目的や課題認識も共通しています。対話を続けていく中で、新たな地域活性化に資する、協働できる取り組みが生まれてくることに期待しています。
鳥取三津子氏
TOTTORI Mitsuko
1985年東亜国内航空株式会社(日本エアシステム、現・日本航空)に客室乗務員として入社。2019年、日本航空客室安全推進部長。2020年、客室本部長として、人財育成と社員のモチベーション維持の両立を図るなど、卓越したリーダーシップを発揮し、安全運航の堅持に貢献。2023年からはカスタマー・エクスペリエンス本部長として顧客への提供価値の向上に寄与。2024年4月、代表取締役社長 グループCEOに就任した。女性並びに客室乗務員出身者が同社社長を務めるのは初となる。

佐野真紀子
SANO Makiko
1990年株式会社日本政策投資銀行入行。2020年大分事務所事務所長代理を経て、2023年6月現職。入行以来、大分県内の産業動向や芸術文化によるまちづくり等についての調査を継続、情報発信を行い、2020年1月には共著としてDBJ BOOKs『アートの創造性が地域をひらく』を執筆・出版。大分県新長期総合計画策定県民会議委員、大分県ツーリズム戦略推進会議委員、大分市観光戦略プラン策定委員会委員など県内自治体の地域振興、観光振興にかかる外部委員も多数務める。

この記事は季刊DBJ No.56に掲載されています
季刊DBJ No.56