独自の経験と分析力で、より良い地域をつくる政策を描き出す
主席研究員 室 剛朗
不動産投資調査事業部
副主任研究員 北川 哲
ポリシーエンジニアリング事業部
研究員 青木 佳菜
ポリシーエンジニアリング事業部
研究員 金子 美帆

株式会社価値総合研究所(以下、価値総研)は、独自の経済モデルやシミュレーション技術を強みとし、中央省庁や自治体の政策立案、民間企業の事業戦略を支えるDBJグループのシンクタンクだ。DBJグループが掲げる「経済価値と社会価値の両立」の下、不動産から地域経済まで幅広い社会課題に向き合っている。住宅・不動産分野を担う不動産投資調査事業部と、データに基づく政策設計を担うポリシーエンジニアリング事業部、同社の主軸となる2つの事業部の担当者に話を聞いた。
DBJグループの「ナレッジ部門」として
価値総研の源流は、1969年に日本長期信用銀行内に設けられたコンサルティング専門部署にさかのぼる。長銀経営研究所として調査研究を担った後、役職員が株式を引き継ぐ形で自立経営に移り、2013年にDBJグループの一員となった。創業以来、官公庁を主要な顧客とし、政策の立案やその実行支援を一貫して手がけてきた。「当社は、DBJが行う業務を専門的な見地から調査・分析で支える、グループのナレッジ部門です」。不動産投資調査事業部長の室剛朗は現在の価値総研の役割についてこう語る。
不動産で社会を良くする
室が所属する不動産投資調査事業部は、不動産・住宅・建築・都市を専門領域とし、DBJの不動産投融資や都市開発の各部門を支援するほか、国土交通省や自治体などの政策づくりにも関わる。同事業部が掲げる調査受託上のキーワードは「不動産で社会を良くする」。その意味するところは、経済価値と社会価値の両立だ。「当社の研究員は、それぞれが解決したい社会課題への思いを持っています」と室が話す通り、同事業部は限られた人数ながら、数千億円規模の大型不動産投資のように市場を大きく広げる仕事から、地域のセーフティネットを支える空き家対策まで、幅広い業務に取り組んでいる。「経済価値の高い取り組みであっても環境や社会にポジティブなインパクトを生み出せるよう調査しています。一方、経済価値が必ずしも高くない取り組みも、ステークホルダーにとって有益な仕組みや社会的価値を生み出す調査・提案を行っています」(室)。
現在、同事業部が取り組む特徴的なテーマの一つが森林だ。日本の国土の約7割を占める森林は、伐採適齢期となる森林の資源量が相応にあるものの、林業の担い手不足が懸念される。また、中小零細の個人など所有者が細分化されており、空き家問題のように所有者不明の問題もある。森林のプライシング手法が定まっていないことも相まって、大規模化や流動化、それに伴う市場発展が進まない状況だ。こうした課題により森林の適正管理が困難になると、水源涵養機能の低下や土砂災害のリスクにつながりかねない。不動産投資調査事業部 副主任研究員の北川哲は、「森林のプライシング手法を定めることで流動性を高め、それを契機として、所有権をまとめていくことで一般的な不動産投資のように森林を売買できる市場が整えば、課題の解決に近づきます。そこで、我々は不動産ファイナンスの知見を持ち込み、森林投資のような形ができないかと考えています」と話す。森林から生まれる木材を建築に生かす取り組みも、脱炭素や地域貢献の観点から進める。DBJの森林向け投資をリサーチ面から支えてきたのも価値総研だ。同様に、建物の環境性能を評価する「DBJ Green Building認証」にも関わっているという。近年、国際的に認知される他の不動産関連サステナビリティ認証制度も存在するが、DBJの認証は、企業単位ではなく一棟ごとに評価する点や、ハード面だけでなく、所有者や運営者によるソフト面の取り組みまで含めて総合的に価値を測る点が特徴だという。「何が評価されるべきかを少し先回りして指標に織り込み、業界を良い方向へ導く。そのアイデア出しを担っています。また、当該認証データを活用してグリーンプレミアムの算出・公表を継続的に行うことで、業界内の環境価値に係る共通認識をつくっていきたいと考えています」(北川)。

空き家対策に官民連携の新たな打ち手を
幅広い取り組み領域のなかで、不動産投資調査事業部が長年力を注いできたのが空き家対策だ。中古住宅の流通は10年以上にわたる同事業部の主要テーマであり、空き家はその延長線上にある。実際、同事業部は国の空き家モデル事業の事務局を長年務め、現場の事業者や政策の動きを熟知している。その蓄積が制度設計の土台となっている。
空き家対策には自治体と事業者の双方に固有の課題があると、室は整理する。「例えば自治体で空き家問題を扱う場合、危険な建物を扱う建築指導課、流通を担う住宅課、福祉の観点が絡めば福祉課と、庁内で部局が分かれます。専門性も多岐にわたるうえ、自治体はマンパワーも財政的な余力も不足しており、なかなか効果的に取り組めていない。本来は外部不経済を与えるような危険な空き家がもっと多く表に出てくるはずですが、自治体職員の手が回らず特定空き家の認定ができていない。つまり空き家は数字以上に存在するというのが実情です」。一方の事業者は、古民家を再生する若い担い手が増えつつあるものの、空き家は担保価値が乏しく、融資も出資も受けにくいためにマネタイズが難しい課題がある。
こうしたなか、自治体・事業者の双方により効果的な取り組みを促す契機として、価値総研が注目しているのが「成果連動型報酬スキーム」の構築だという。自治体が事業者に空き家対策につながるプロジェクトを発注する際、結果として地域が得る便益(成果)に応じて、対価を支払う仕組みだ。最初に詳細な仕様を行政が定めてから事業者にプロジェクトを発注する従来の「仕様発注」に対し、事業者が創意工夫ある取り組みと成果を提案する「成果発注」への転換である。「今後自治体は人も予算も一層限られていきます。外部にうまく委ねて成果を測る発注方式の重要性は増していくはずです」(室)。
その第一歩が、成果連動型民間委託契約(PFS)だ。価値総研は株式会社日本経済研究所とともに、富山市の空き家相談窓口へのPFS導入をサポートし、空き家分野での社会実装の一歩を踏み出している。相談件数などの成果に応じて委託費を支払う仕組みで、現場でも成果が表れているという。価値総研はPFSをさらに進め、金融機関や企業、住民といった地域のステークホルダーが、「出資」を通じて参画するソーシャル・インパクト・ボンド(SIB)の活用も見据える。「近所に空き家があれば、自分の安全や暮らしに必ず跳ね返ってきます。空き家対策を“自分事”として捉え、関わってもらう仕組みとして、SIBは有効だと考えています」(北川)。
ポリシーエンジニアリング事業部
お金の流れから、地域経済を診断する
ポリシーエンジニアリング事業部は、その名のとおり「政策の設計」をサポートする部門だ。外部から提言するのではなく、省庁の職員とともに政策を立案するスタンスを重視しているという。特に独自のシミュレーションモデルによる定量分析を強みとし、データで地域の強みと弱みを描き出す。その代表的な手法が、地域経済のお金の流れを「生産・販売」「分配」「支出」の三つの面で捉える「地域経済循環分析」である。
地域経済循環分析は、地方創生の開始とともに、RESAS(地域経済分析システム)へ搭載された地域経済分析ツールである。地域内におけるお金の流れや経済構造を可視化できることから、日本全国で地域経済を分析するための標準的なツールとして、広く活用されている。
「地域を強くする最終的な目標は、住民の所得向上にあります」と、ポリシーエンジニアリング事業部 研究員の金子美帆は説明する。稼ぐ力があっても、例えば域内の工場で生まれた所得が東京の本社へ流れてしまえば、住民は豊かにならない。地域の特産品が売れても、その原材料が域外産であればお金は外へ漏れていく。「お金がどこで漏れているのかに注目し、3つの面でしっかり循環できているか、住民の所得につながっているかを見るのが、当社の地域経済循環分析なのです」(金子)。
専門的な分析を誰もが扱えるよう、同事業部では、地域経済循環分析の結果を読み解く「15のチェックポイント」を用意する。分析を活用する政策担当者などが、地域経済が良いか悪いかを二択で簡単に判断できるようにし、把握した長所・短所を施策へつなげる狙いがある。「稼ぐ力の高い産業が、域外にきちんと販売できているか。強みのはずの産業が、かえって域外に依存していないか。チェックポイントを通じて正しく見極めることが大切です」と金子は続ける。
実際に同分析を用いて地域経済の活性化につながった事例が、熊本県水俣市だ。水俣市は戦後に水俣病に苦しんだ後、環境再生を進めたものの、多額の補償金が地域で循環せず、市の経済は疲弊していた。ポリシーエンジニアリング事業部は“健康診断”として地域経済循環分析でお金の流れを分析し、域内でお金を循環させるために観光列車の導入や水俣駅の改修、地元の農産物を扱うマルシェの開設など、市民や職員とともに一連の施策を組み立てた。結果、人口や従業者数が減少するなかでも、市のGDP(域内総生産)や1人当たりの所得は増加へと転じている。
データを地域に開き、金融とつなぐ
なお、ポリシーエンジニアリング事業部では、地域経済循環分析と並ぶもう1つの柱として、施策が地域経済にもたらす効果を測定する「経済波及効果分析」も展開している。再生可能エネルギーの導入など、施策を実施した後の効果はもちろん、実施前のシミュレーションにも活用できる。「環境政策はGDPを押し下げると言われがちですが、2つの分析を組み合わせることで、環境と経済を両立させる政策を描くことができます」と同事業部の研究員 青木佳菜は話す。
価値総研は、こうした分析を一部の専門家のものにとどめない。市区町村単位の産業連関表は、本来なら作成に数千万円を要するが、同社は一地域当たり5万円でデータベースを提供する。環境省のサイトでもツールを公開し、誰でも自分の地域を分析できるようにしている。「意思決定権を持つ人だけでなく、現場の職員が分析し、政策を下から積み上げていく。そのための裾野を広げたいのです」。こう青木が語るように、ポリシーエンジニアリング事業部の研究員などが全国で研修会を開き、分析手法についての講習や演習の機会を提供することにも力を入れている。
こうした分析は、自治体だけでなく企業にも浸透し始めているという。「地域の中核を担うガス会社や電力会社の経営者が、自社の役割を見つめ直すために分析を活用しているという声も聞きます。自治体だけでは資金面で実行が難しい政策も、地域金融機関と協力すれば動かせます。波及効果を示すことで、その協力を後押しできます」と青木は声を弾ませる。
DBJとの間でも、経済波及効果分析を地域向けの金融手法に生かす連携に着手しているという。「まずは環境省のツールやRESASなどを手に取って、使ってみてほしい。私たちは、地域経済循環分析をはじめとする標準的な分析ツールをより多くの方に活用していただき、その結果を地域のウェルビーイングや住民満足度の向上につながる施策へと結び付けてもらうことを目指しています。地域をより良くしたいという強い思いを持ち、一人ひとりが日々真剣に考え、地域の未来づくりに取り組んでいます」(青木)。

この記事は季刊DBJ No.59に掲載されています