移動の提供から価値創造へ
広島のワクワクを牽引する
代表取締役社長 仮井康裕氏

広島の街を縦横に走る路面電車とバスネットワークを持ち、地域の顔として親しまれる広島電鉄。同社は伝統の維持にとどまらない大胆な変革を進めている。2025年夏の広島駅ビルへの高架乗り入れや、2026年春の循環線開業など、移動手段の提供を超えた「まちづくり」へのコミットメントを鮮明にしている。グループが掲げるパーパス「広島のワクワクを創造する」の実現に向け、どのようなビジョンを描いているのか。代表取締役社長を務める仮井康裕氏にお話を伺った。
地域価値の創造企業へ
――2024年の社長就任からまもなく2年が経過しようとしています。広島の都市インフラと街の未来を支える舵取りを担う現在のお気持ちをお聞かせください。
私が社長に就任した一昨年の時点で、2025年8月の「駅前大橋ルート」の開業と、路面電車が広島駅ビルの2階へ乗り入れるという大きなプロジェクトは既に計画が決まっていました。ですから、まずはその大事業をきっちりとやっていくというのが、私に課された最初のミッションでした。いきなり大きなミッションが見えている状態でのスタートでしたが、やるべきことがはっきりしていたからこそ、迷わずに進むことができたと感じています。
これに加え、新乗車券システムの開発も進んでおり、2024年7月には「MOBIRY DAYS(モビリーデイズ)」をスタートさせ、2025年3月にはそれまで使用されていたICカード乗車券「PASPY(パスピー)」のサービスを終了しました。この切り替えには色々な苦労やトラブルも予想されましたが、無事に移行を進めることができました。就任からの期間は、まさに会社にとって大きなエポックとなる、変革が重なった時期であったと実感しています。
――変革の象徴ともいえる広島駅ビル2階への高架直接乗り入れですが、利用者の利便性向上や街の活性化への手ごたえ、反響はいかがでしょうか。
新しい駅ビル「ミナモア」の2階中央アトリウム空間に路面電車がダイレクトに進入する光景は、全国でも類を見ない画期的な構造です。JRの改札を抜けてすぐ目の前に電車乗り場があるため、階段の上り下りが一切なく、雨にも濡れずに乗り換えができる「お客様に優しい玄関口」が実現しました。
おかげさまで、開業後の広島駅電停を利用されるお客様の数は前年比で約20%増加しています。私自身、会社に入ってから路面電車のお客様が短期間にこれほど増えたという話はあまり聞いたことがありません。ただ、これは広島電鉄が単独で果たした成果ではなく、駅ビルのリニューアルや、南北自由通路やペデストリアンデッキが整備されたりといった、広島市さんやJR西日本さんの様々な戦略が噛み合った結果でもあり、多くの方々のお力添えで実現できたものです。
――グループのパーパスとして「広島のワクワクを創造する」を掲げておられます。この言葉に込められた想いや、最近街で「ワクワク」を感じられた具体的な出来事について教えてください。
このパーパスは、社内の若い社員たちが集まって何度も議論を重ね、自発的に生み出してくれた言葉です。今の時代、街が楽しくなければ人は住まないし、移動もしなくなってしまいます。そうなると私たちの本業である運輸業も成り立ちません。当社のすべての商売は広島の街づくりに直結していますから、単に「良いものを作って売る、人を運ぶ」というだけではなく、街の賑わいや回遊性を高めることにコミットしていかなければいけないと考えています。
最近の街の変化を見ても、新サッカースタジアム「エディオンピースウイング広島」の開業や、旧広島市民球場跡地「ひろしまゲートパーク」の賑わい、さらに広電西広島電停に隣接する「KOI PLACE(コイプレ)」での地域と連携した活動の広がりなど、街の中に新しい楽しさが次々と生まれています。これらの拠点を繋ぎ、2026年3月に開業した新路線「循環線」によって、さらに街全体の回遊性を高めていきます。街全体が楽しくおもしろい場所に変わっていく様子を見るのは、経営者としても非常にワクワクすることです。
――仮井社長はこれまでにバス事業の現場、人事労務管理、そして専務時代には先端のDX推進など、非常に多岐にわたるキャリアを歩まれてきました。それらのご経験は、現在の経営判断にどのように活かされていますか。
私は1983年に入社して以来、本社のバックオフィスだけでなく、広島市西部エリアのバス子会社である「エイチ・ディー西広島」の社長として現場のマネジメントを経験し、呉市交通局からのバス路線移管プロジェクトにも準備段階から携わってきました。これらの最前線での泥臭い実体験があるからこそ、現場がどのような苦労をしていて、地域のお客様が何を求めているのかが肌感覚として分かります。
また、専務時代に指揮を執った「MOBIRY DAYS」の立ち上げにおいては、伝統的な公共交通業界に新しいデジタル技術を導入する際の合意形成の難しさを身を以て学びました。
DXと協調が拓く持続可能性
――広島電鉄の象徴といえば、原爆投下のわずか3日後に運行を再開した「被爆電車」が今なお現役で走っています。この「復興のシンボル」としての圧倒的な使命感は、現代の社員にどのように受け継がれていますか。
あの歴史は、うちの社員で知らない人間は一人もいませんし、広島市民の皆様も深く理解してくださっています。当時、185名もの社員が亡くなるという甚大な被害を受ける中で、「とにかく電車を動かそう」と残った人々が瓦礫の中から資材をかき集めて運行を再開させました。当時の社員たちも、自分の家族の安否や家がどうなったかも分からない過酷な状況だったはずですが、それでも電車の運行に尽力した。瓦礫の街に電車が走る姿が、どれほど市民にとって日常を取り戻す「復興の希望」になったか、その重みを私たちは今も共有しています。当時は自動車といっても軍隊などの特殊な人が乗るものでしたから、誰でも乗れる電車が動くことこそが、日常に戻るための最大のシンボルだったのだと思います。また、電車の再開には中国電力さんをはじめとする多くの地元の企業や人々の協力がありました。広電はまさに「オール広島」の力によって支えられ、街と共に歩んできた会社です。
――全国に先駆けたMaaSへの挑戦として、新乗車券システム「MOBIRY DAYS」の導入や、AIオンデマンドバス「スマートムーバー」の実証実験など、果敢なデジタル変革(DX)を続けていらっしゃる理由をお聞かせください。
地方の公共交通を取り巻く環境は、燃料価格の上昇や深刻な乗務員不足など、極めて厳しく予測困難な状況にあります。そうしたなかで「MOBIRY DAYS」を独自のクラウド型(ABT方式)システムとして自社開発した理由は二点あります。一点目は将来的なシステム運用コストの大幅な削減のため、二点目は、広島ならではの複雑な路面電車とバスの運賃制度や、地域に特化した独自の割引サービスを柔軟に実現するためです。既存の共通規格に依存するだけでは、地元の利用者の利便性を追求したオリジナルのサービス設計が困難でした。加えて、お客様に路面電車のどの扉からでも乗降していただくことが可能となり利便性向上・乗降時間短縮につながる点もメリットです。もちろん他の決済手段にも目を向けており、2026年7月からは主要な交通系ICカードや流通系電子マネーのWAONとの連携も開始します。
また、過疎化や高齢化が進む地域において、定時・定路線の従来型運行を補完するワゴンタイプの車両による「スマートムーバー」のような利便性の高い移動手段を提供し、新たな移動需要を創出していくことも重要です。2020年に可決された独禁法特例法を最大限に活用し、他バス事業者と共同で効率的なネットワーク(ハブ&スポーク形式)を構築する上でも、共通のデジタル基盤を持つことは必須の「攻めの武器」なのです。
――リーダーが「攻める」ために必要な条件とは何でしょうか。
「座右の銘」というほどでもないのですが、学生時代のバスケットボール部の監督から授かった「守る時は自分が一番下手だと思え。攻める時は自分が一番上手いと思え」という言葉を大事にしています。安全運行の維持や歴史の継承といった「守り」においては、自分たちはまだまだ未熟であると謙虚に捉え、細心の注意を払わなければなりません。しかし、新規事業やDX、M&Aといった未来を切り拓く「攻め」の局面においては、誰よりも自分たちがこの街を良くできるんだという自信と度胸、そして覚悟を持つことが、リーダーに必要な条件であると考えています。
路面電車という交通インフラは、広島の街において「そこにあって当たり前」の存在であり、普段は市民の皆様も特に意識されることはありません。しかし、広島駅ビル2階への高架乗り入れという歴史的な大事業の実現を経て、今、広島電鉄に多くの人々の熱い注目が集まっています。これほどまでに当社の動きに街の目が向いている瞬間は、110年以上の歴史を振り返っても滅多にないことです。私は、今こそが未来に向けて積極的に「攻め」に出る、最大のチャンスであると確信しています。
2026年2月には廿日市市を中心に飲食・宿泊業を展開する株式会社A&Cの買収を行うなど、従来の交通・不動産にとどまらない多角的なグループ経営の取り組みを既に加速させています。過去の伝統を真摯に守りながらも、変化を恐れず進化し続けます。そして、新しく生まれ変わり続ける広島の街にふさわしい、エネルギーに満ちあふれた持続可能な社会を、これからも地域の方々と共に全力でデザインしてまいります。

2025年8月に完成した広島電鉄の「駅前大橋ルート」。JR広島駅の駅ビル2階に路面電車が直接乗り入れる。JR広島駅の改札から広島駅電停のホームまで、雨に濡れずに乗り換えができるようになった。(写真提供:広島電鉄)

広島電鉄の新乗車券システム「MOBIRY DAYS」は乗降兼用リーダーとクラウドを連携させる独自の仕組みをもつ。(写真提供:広島電鉄)

JR広島駅ビルの中央アトリウム空間に乗り入れる広島電鉄の車両。(写真提供:広島電鉄)
仮井 康裕 氏
KARII Yasuhiro広島電鉄株式会社
代表取締役社長

1983年立命館大学経営学部卒業後、広島電鉄に入社。主にバス事業の企画業務や本社での人事労務管理業務等に従事。子会社代表取締役社長、呉バスカンパニープレジデント、常務取締役、代表取締役専務を経て、2024年代表取締役社長に就任。学生時代はバスケットボールに熱中。広島県出身。
この記事は季刊DBJ No.59に掲載されています