茨城県古河市SIB事業が目指す
温かく持続可能な地域の実現
2026年7月
SCENES OF SOLUTION[ INTERVIEW ]
株式会社常陽銀行
コンサルティング営業部 ファイナンスグループ 調査役 大山 雅人 氏
株式会社公文教育研究会
ライセンス事業推進部 ソーシャルビジネス開発チーム リーダー 青山 真知子 氏
株式会社日本政策投資銀行
ストラクチャードファイナンス部 調査役 武内 心太朗
コンサルティング営業部 ファイナンスグループ 調査役 大山 雅人 氏
株式会社公文教育研究会
ライセンス事業推進部 ソーシャルビジネス開発チーム リーダー 青山 真知子 氏
株式会社日本政策投資銀行
ストラクチャードファイナンス部 調査役 武内 心太朗

2025年10月、茨城県古河市で「古河市こどもの居場所支援事業」が始動した。行政による施設整備ではなく、子どもの居場所をつくるために、主体的に動く「大人」を増やす画期的な試みだ。資金調達には成果連動型のSIB(ソーシャル・インパクト・ボンド)を採用。公文教育研究会(以下、KUMON)を中心に、常陽銀行と日本政策投資銀行(以下、DBJ)が資金提供者として加わる。立場が異なる三者はゴールへ向けどう連携したか。そしてSIBは社会課題解決にどのような効果をもたらすか。本事業に関わる三者に話を聞いた。
旗を振り続けるハブ組織の役割を果たしていきたい
—— 今回の「古河市こどもの居場所支援事業」の概要を教えてください。
- 青山
- 本事業は、茨城県古河市において、地域の子どもたちが安心して集い、過ごせる居場所を持続的に創出していく取り組みです。行政が特定の居場所を整備するのではなく、住民やNPO、民間企業など多様な主体がそれぞれの立場で関わりながら、「居場所をつくりたい」「子どもたちを支えたい」と考える大人を増やしていくことを目指しています。最終的なゴールは、市内に23あるすべての小学校区で、子どもたちが多様な居場所にアクセスできる状態を実現することです。鳥がその時々の気分に合わせて止まり木を選ぶように、子どもたちも自分の気分や状況に応じて安心できる居場所を選べる――。そんな持続可能な仕組みと人材を地域に根付かせたいと考えています。
—— 公文式学習のイメージが強いKUMONが、なぜ本事業の中心的な立場として、参画するようになったのですか。
- 青山
- 教室事業を通じてKUMONが子どもたちや保護者、教室指導者から教えていただいているのは、子どもたちが学ぶためには、安心して過ごせる場所と、それを支える人の存在が欠かせないということです。以前より私たちは、このような教室事業で培ってきた経験や知見を、より広く社会に還元したいと考えてきました。実際、安心できる居場所が多い子どもほど自己肯定感が高いという調査結果もあります。そんなとき、私たちは古河市さんの取り組みを知り、地域全体で子どもを育むという考え方に強く共感したのです。
一方で私たちは、2021年に法務省と実施したSIB事業でDBJさんとご一緒した際に、立場の異なるプレーヤーが同じゴールに向かうことで生まれる可能性の大きさを実感していました。それと同時に、目指すべきゴールに向かって旗を振り続ける存在の必要性を強く感じたため、今回は大きな挑戦として、「旗を振り続けるハブ組織の役割」を果たしていきたいと、参画を決意しました。

青山 真知子 氏
単なるお金の出し手を超え、リスクをシェアする立場になる
—— DBJと常陽銀行は、資金提供者として参画しています。この事業のどこに可能性や社会的意義を感じましたか。
- 武内
- 古河市さんが掲げるビジョンは明確でありながら、その実現手法は民間事業者の創意工夫に委ねられています。そこに手を挙げられたのがKUMONさんでした。KUMONさんとは法務省の事業でご一緒した経験もあり、その実績と推進力に信頼を寄せていました。また、本事業を支えるプレーヤーの顔ぶれにも大きな可能性を感じました。こども食堂の立ち上げ支援に実績を持つ茨城NPOセンター・コモンズさんや、老人ホームの運営と並行してこども食堂を展開する下総プリンスクラブさんなど、多様な主体が参画しています。世代を超えた交流が地域の活力につながっていることからも、子どもの居場所づくりは地域全体の豊かさに直結する取り組みだと考えています。金融機関として参画する以上、単なる資金提供者ではなく、事業のリスクを共有する姿勢が欠かせません。私たちは出資という形で参加しており、成果が出れば喜びを分かち合い、仮に達成できなければマイナス面も共に負う立場です。
- 大山
- 常陽銀行では、第4次グループ中期経営計画の策定にあたり、地域社会をはじめとしたステークホルダーとめぶきFGグループの双方にとって重要な社会課題として「地域住民の安心・安全の確保」を特定し、第4次グループ中期経営計画における事業戦略によって優先すべき重要課題(マテリアリティ)として「安心で豊かな暮らしへの貢献」を掲げています。未来を担う子どもたちが安心して過ごせる場所を地域の中に増やしていくことは、地域社会そのものの持続可能性に直結する取り組みです。その意味で、この事業は私たちの方向性とも非常に親和性が高いと感じ、参画しました。
—— 通常の行政からの業務委託とSIBでは、どのような違いがありますか。
- 青山
- 通常の業務委託では仕様が細かく定められているのに対し、成果連動型のSIBでは、成果に向けた試行錯誤の余地が大きく、柔軟にアプローチを変えられる点が最大の特徴です。言い換えると、プロセスそのものにも価値がある仕組みでもあり、時にはゴールを見直すことさえも可能です。設計段階から行政と「成果とは何か」を深く議論できるのは、SIBならではの魅力です。
- 武内
- SIBは、社会課題の解決に直接コミットできるだけでなく、金融機関が参画することで事業のガバナンスや安定性を高められる点に大きな意義があります。こうした枠組みが「安定したスキーム」として認知されることを通じ、SIBの普及にもつながることを期待しています。また行政にとっても、成果連動型は従来の手法では予算を投じにくかった「測定が難しい領域」への挑戦を後押しする仕組みだと考えています。
PFSとSIBのスキームイメージ

現場の熱量と冷静な視点のバランス それがガバナンスを機能させる
—— 「子どもたちの居場所をつくりたいと思う大人を増やす」というソフト面の活動を、評価可能な指標に落とし込む際に、どのような苦労がありましたか。
- 青山
- これは本当に難しい作業でした。「居場所の数」や「利用する子どもの人数」といった数字が分かりやすい成果だということは十分理解しています。一方で、私たちが重視していたのは、「周囲の大人たちを巻き込む」という変化をどう可視化するかでした。そこで、評価の軸を、居場所づくりを支える土台づくりと周知活動の二つに整理しました。前者は寄付の促進やネットワークの形成、後者は地域への理解促進です。こうした取り組みを通じて、最終的に市内23の全小学校区での居場所づくりにつなげる道筋を描きました。また、市民の意識変化を捉えるために、「セミナー参加者数」と「アンケートによる関心度の変化」を組み合わせた指標を設定したのも特徴です。「セミナーの参加者は何人が妥当なのか」「関心度はどこまで高まれば成果と判断できるのか」など、明確な答えのない問いに向き合いながら議論を重ね、最終的には納得感のある指標にたどり着くことができました。

大山 雅人 氏
—— 地域に根差した金融機関がSIBに加わることで、どのような効果が生まれていくと感じていますか。
- 大山
- 大きく2つあります。一つは、金融機関が地域のネットワークをつなぐ存在になれることです。日頃からお取引のある地元企業さまの中には、地域貢献に関心をお持ちの企業も少なくありません。私たちがこの事業をご紹介することで、新たな支援や参画のきっかけを生み出すことができます。今年度は、当行の支店窓口に「こどもの居場所マップ」を設置するなど、情報を届ける取り組みを進めていきたいと考えています。もう一つは、客観的な立場で事業に伴走できることです。事業者の皆さまが熱意を持って取り組まれる中、私たちも同じ思いで寄り添いながら、同時に第三者的な視点から定期的に状況を確認しています。現場の熱量と客観的な視点、その両方があってこそ、事業の健全なガバナンスが機能すると考えています。
こどもの居場所づくり事業実施体制(令和7年10月~令和12年3月)

成果指標の概要

動き出してからも試行錯誤できることがSIBの価値
—— 本事業が他の自治体にとって横展開可能な事例になるとすれば、それはどのような点ですか。
- 青山
- 「KPIの設定が難しい」「複数年度の予算確保が難しい」といった理由から、SIBの導入に慎重な自治体さんは少なくありません。しかし、前例のない複雑な行政課題に対して、「どのような手段が有効かは未知数だが、実現したい状態は明確になっている」ときこそ、この枠組みは力を発揮します。SIBの価値は、最初から完璧な設計を目指すのではなく、実践を重ねながら改善していける点にあります。動き出した後も試行錯誤できる余地があるからこそ、新しい課題にも挑戦しやすいのです。そして、その実現には志を持った行政担当者の存在が欠かせません。実際に古河市さんでも、若者の就労支援事業を通じてSIBの意義を感じた方が、その考え方や経験を次の担当者へしっかり引き継いでくださり、その担当者の方々も大変熱い想いをもって動いてくださり、ここまで歩んでくることができました。
- 武内
- 日本でSIBをさらに広げていくためには、大きく3つの要素が重要だと考えています。まず、KUMONさんのような中間支援組織の存在です。こうした組織が増えることで、プロジェクトはより円滑に立ち上がり、推進しやすくなります。次に、関係者間の合意形成と理解の深化です。そのためには事例を着実に積み重ね、実践を通じて得られた知見を官民で共有していくことが欠かせません。そして最後が制度面での後押しです。国内のSIBの多くが単年度事業である中、古河市さんの5年間にわたるプロジェクトは国内でも比較的長期の取り組みです。自治体の単年度予算主義という壁を越え、複数年度の予算を確保しやすくする環境整備が求められます。私たちも当事者として、今回得られた知見を積極的に発信しながら、SIBの普及に貢献していきたいと考えています。

- 大山
- 今回のプロジェクトは、他の自治体さまにとっても大いに参考になる取り組みだと思います。特徴的なのは、施設整備といったハード面ではなく、大人の意識変容や地域ネットワークの構築といったソフト面からアプローチしている点です。これであれば限られた財源の中でも取り組みやすく、再現性も高いと考えています。もう一つは、座組みの設計です。強い問題意識を持つ行政、中間支援を担うハブ組織、専門性と実績を持つ地域団体、そして広域と地域の双方で機能する金融機関。それぞれが役割を発揮できる体制が整っていたからこそ、プロジェクトは力強く前進してきました。
—— 最後に、これから本格化する本プロジェクトへの想いと期待を、それぞれの立場からお話しください。
- 大山
- 地方銀行は、地域社会の発展があってこそ成り立つ存在です。古河市の未来を担う子どもたちに、家庭や学校以外にも「自分らしくいられるサード・プレイス」があることは、地域の活力を将来にわたって支えていく上で非常に重要だと考えています。本事業は、地域における子どもの居場所づくりという分野において、国内でも先進的なSIBの取り組みです。当行としても、市内全23小学校区での居場所づくりという目標に向けて、地域金融機関ならではのネットワークを生かしながら、着実に支援を続けていきます。

武内 心太朗
- 武内
- 本プロジェクトの意義は、子どもたちが安心して自分らしく過ごせる居場所を地域の中に広げ、古河市全体で子どもを支える土壌を育んでいくことにあります。重要なのは、事業期間中に成果を上げることだけではありません。SIBが終了した後も、その取り組みが地域に根付き、自走していくことだと考えています。私たちも「社会課題の解決と収益性の両立」を追求しながら、プロジェクトの着実な推進と持続的な発展に貢献していきます。
- 青山
- プロジェクトが本格的に動き出してまだ半年ほどしか経っていませんが、すでに地元企業からの寄付や、個人の方からのお米の提供など、地域の皆さまがさまざまな形で関わってくださっています。私たちも、地域が少しずつ動き始めている手応えを感じています。子どもたちを支える方法は、人それぞれです。無理のない形で子どもたちに関わる人が増えていくことこそ、この事業が目指す姿だと思います。そうした支え合いが広がり、温かく持続可能な地域につながっていくことを期待しています。
この記事は季刊DBJ No.59に掲載されています